ウィッチャー3 ワイルドハント
魔物狩りリヴィアのゲラルトの物語は、アンドレイ・サプコフスキの小説から生まれました。ワルシャワのスタジオ CD PROJEKT RED がゲームにし、世界中で遊ばれています。
- 日本で100万本以上(2022年)。
- 世界で6,500万本以上(2026年)。
- リマスター版は2026年9月29日発売。

ショパンはマゾフシェ地方のジェラゾヴァ・ヴォラに生まれ、ワルシャワで育ちました。その街では5年に一度ショパン国際ピアノコンクールが開かれ、日本のピアニストが2回続けて入賞しています。
東京からワルシャワへは、直行便で飛べます。残りの道は、ご一緒に。

ポーランド生まれだとは、あまり知られていません。3つの例を、公式チャンネルの映像とともに。
背景の高層住宅は1970年代のもので、ウッチのピョトルコフスカ通りに建っています。2021年からは、ヤクプ・レベルカが描いたゲラルトの壁画がこの街を見つめています。
魔物狩りリヴィアのゲラルトの物語は、アンドレイ・サプコフスキの小説から生まれました。ワルシャワのスタジオ CD PROJEKT RED がゲームにし、世界中で遊ばれています。
ゲーム『サイバーパンク2077』の世界を描く、全10話のアニメ。ポーランドのスタジオが日本の TRIGGER と共同で制作し、2022年に Netflix で公開されました。
クラクフの Bloober Team が、コナミのために2001年の名作ホラーを新しく作り直しました。音楽は山岡晃さんが再び手がけています。
イスクラは CD PROJEKT RED、TRIGGER、Netflix、Bloober Team、コナミと提携関係にはありません。掲載した場面は各公式チャンネルの映像からの引用で、本文の説明のために用いています。名称および権利は各権利者に帰属します。

地球の半分を隔てていても、思いのほか多くのものを分かち合ってきました。
日本がポーランドの独立を承認します。両国の外交関係は、この年から数えます。
日本赤十字社がシベリアのポーランド人孤児765人を受け入れ、帰国を助けます。ポーランドでは今も語り継がれています。
クラクフに日本美術技術博物館「manggha」が開館します。アンジェイ・ワイダ監督の京都賞、数千人の日本の方々の寄付、そして磯崎新氏の設計によるものです。同じ年、両国政府の合意にもとづきワルシャワに開かれた学校が、いまのポーランド・日本情報工科大学です。
阪神・淡路大震災のあと、ポーランドは被災した子どもたちを30人ずつ招きました。1996年には、かつてシベリアから助けられた人々が彼らを迎えています。
日本とポーランドが、包括的戦略的パートナーシップを結びます。
19世紀末から20世紀初めのポーランドは「若きポーランド」の時代でした。霧、夜、風景。2025年には京都で、日本で初めての大きな展覧会が開かれています。戦後に来たのは、まったく別のもの――コンクリート、ケーブル、ネオンです。二つを並べてお見せするのは、その緊張から私の設計が生まれているからです。
霧の風景と、明晰な構造。
その緊張から、イスクラは生まれました。
私たちが讃えるのは戦後建築の形であって、それが生まれた体制ではありません。
ポーランドの多くは、小さな町と村にあります。列車が1分だけ停まる駅、畑、川面に立つ朝の霧。私もそこの出身で、イスクラはスキェルニェヴィツェ近郊で仕事をしています。
ポーランドの村は、油絵の映画にもなりました。
ポーランドの村を描いたもっとも有名な小説が、ヴワディスワフ・レイモントの『農民』です。1924年にノーベル文学賞を受けました。2023年、『ゴッホ 最期の手紙』の監督たちが、この小説を一枚ずつ手で描いた映画にしました。映像は「ミウォスニ・オペンタニェツ(愛の憑依)」――アンテクとヤグナが踊る場面の音楽です。
イスクラは映画および音楽の制作者と提携関係にはありません。権利は各権利者に帰属します。
ここまでの光を、御社のために働かせます。日本企業が欧州市場に入るためのウェブサイトを、テンプレートを使わずゼロから設計・実装します。
日本のウェブサイトは、日本の読み手のために作られています。情報が揃い、正確で、比較できる。それは簡潔さの欠如ではなく、簡潔さへの別の道です。
ヨーロッパの読み手は、まず一つの考えを探し、詳細はそのあとで求めます。ですから私は御社のサイトを「直す」のではなく、新しい読み手のために組み直し、いちばん大切なものを残します。
同じ会社の、二つのサイト。左は日本の読み手に合う構成、右はヨーロッパの読み手のために組み直した構成です。

プシェミスワフ・ヴォイェンカと申します。イスクラを一人で営み、最初のスケッチから公開まで、すべてのサイトを自分で設計し、実装します。
ワルシャワ大学で哲学と認知科学を学びました。認知科学からは、人がどこを見て、どこで迷うのかを。哲学からは、ものにはそれにふさわしい言葉が要ることを教わりました。母校であるスキェルニェヴィツェの高校で、哲学と論理学を教えていた時期もあります。
ゲームの世界は、舞台の側から知っています。数年にわたり ESL で League of Legends の実況を務め、カトヴィツェの Intel Extreme Masters、Poznań Game Arena、Warsaw Games Week では出展社ステージの司会をしていました。
その後4年近く、ワルシャワの制作会社 Cape Morris で開発を担当し、Wiśniowski、Tefal、Krups、Magnum、Tullamore、Bayer などのブランドの案件に携わりました。いまは企業の方と直接お仕事をしています。お話しする相手が、そのままサイトを作る人間です。
2026年9月、ウッチ県の経済ミッションとして東京に来ました。一度きりの訪問ではなく、長いお付き合いの始まりにしたいと思っています。
「ものには、ふさわしい言葉を」
パブリックドメインの絵画と、Wikimedia Commons の自由ライセンスの写真です。建築とネオンについては制作者も記載しています。
公式チャンネルの映像からの場面は、その作品について書いた本文のそばでのみ、引用として掲載しています。映像は YouTube から再生されます。